山中で熊に出会った人々(下)

I・ダイキチ君50才。長らく営林署の下請けにて山を歩いている超ベテラン。
彼の息覚と視覚が人間離れをしている。
風向きによって熊の居所が判るらしく、枯枝を踏みつけ時の音や熊独特の息いで一定の距離に熊がいると判ると言う。そういう時熊が人間に気がついている時と、気がついていない時とでは対応が全く異なるそうだ。相手が気がつけば静に相手は熊笹の中で超スピードで泳ぐように、但し人目には安を見せず全く音もさせず遠ざかる。人と熊が両方遠くから気づいた場合はお互いに対面を避けるのだが。
たまには双方の非難方向が同じでバッタリ屋根の上でご面談などもあるそうだ。
彼の経験はその時はじっと動かず目を見つめあう。時々目を周囲にめぐらし手頃に登って逃げられる木を見つける。それも猿のように木から木へ移ることが出来るような枝の木に登るのだ。熊も追いかけるようにして木を登ってきた。作戦があるのだ。しなる木の枝まで逃げ、次の木に飛び移る。今までつかまってきた枝が体重が無くなるので反動で枝がむちのように飛びはね追ってきた熊は跳ばされた。
地上にたたきつけられた熊君、すぐ立ち直おり勇善と何事もなかったように森に消えたそうだ。
一人山歩きの山中は全く熊には心配しない。作業現場に行く途中も、木の幹を強くたたいたり音を出し人間が入ることを知らせようとする。耳と鼻で常時熊の気配を注意しているという。

山中で熊に出会った人々(上)

F・ヤスケ氏70才。春一人で岩魚釣りに、行きつけの山奥の沢へ入る。
釣りの腕はサウスポーでの竿のあやつりは名人級。
午後四時頃30cmの岩魚数匹の成果。あと2,3匹と相変わらず足音もさせず清流のよどみに針をたれると目の前に子熊2匹。50cmぐらいの身長、一見子供に見えたのが大事となる。
甘く見た彼は竿で警戒心の少ない小熊が近づいてきたのでつり竿でたたいて追い払おうとした。
ところがこれを見つけ母熊が猛然と熊笹の中から現れ鳥が飛ぶように山からかけおりて、ヤスケ氏を襲撃した。先ず右フック一発をくらい、右ほっぺたがベリッとぶら下がった。
血が吹き出たのと同時に次に二発目のフックで総入歯が噴き飛んだ。倒れたところそれでも逃げようとした時背中に一発、ようやく熊は爪の引っかき技、あとから分かったことだがこの傷は本人は気づかず病院に担ぎ込まれた翌日本人と医者が気づいた。
一人ぼっち山中で約一時間半歩きようやく顔見知りの人家にたどり着く、血だらけの垂れ下がったほっぺたを右手で押さえそれでも釣り竿だけはしっかり左手で持って至急救急病院へ。
幸い命は取り留めたがしばらく入院した。数ヶ月後、私が熊君のフックですっ飛んだ総入歯をもったいないから現場へ一緒に捜しに行こうと申し出たが、おらぁいがねえだと。